|
|
|
「恋愛狂想曲」第一楽章・第二小節
|
作詞 野馬知明 |
|
「恋愛狂想曲」第一楽章・第二小節
女は小間使いと共に、雨に洗われた街角を散策
雨に濡れて輝く丸石を敷き詰めた歩道
女神の泪を湛えて潤う樹々の葉
俄かにできた小川の囁き
頬をなでる湿った微風
時折、傍らを通り過ぎてゆく馬車の車軸の円やかな軋み
他愛のない子どもたちの笑い声、
曇天に舞う小鳥たちの囀り、
それらすべてが女の胸を締め付ける
以前は甘い感傷に耽ることを許した光景
いまは、女の心を苛める
橋の上に佇む女
勢いを増している川の流れが女を誘う。
・・・あの川の流れの底にオフィーリアのように身を横たえたら、あの人に会えるかしら。
・・・飛び込む様子をしたら、あの人は背後から私の体を抱きしめ、助けてくれるだろうか。
髪を乱す生暖かい一陣の風
泥を撥ねる市場へ向かう荷車
王立の調理場から帰って来る娘たちの晴れやかな笑い声
垣根越しの窓辺でお茶を飲んでいる老夫婦
犬と戯れる子供の群れ
風琴を手にした物売りの甲高い声
それらすべてが女の心の虚しさを募らせる
・・・ねえ、アリダ
女は小間使いに話しかける。
・・・たった一度しかお目にかかったことがなくて、それでいていつまでも忘れられないというようなコトってあるものかしら。
・・・ありますよ、お嬢様。女の場合は殿方に対して。一目惚れと言うのです。
・・・ひとめぼれ?
・・・おや、御存知ないのですか。
モンタギューの息子がキャピュレット家の広間でジュリエットを見初めたのが一目惚れ。
・・・まあ、ひとめぼれというのはずいぶん簡単なのね。
・・・そう、起こるのは簡単。何の下準備もいらないし、一切の努力も要しない。
でも、誰にでも起きるものじゃ、ございません。
・・・アリダ、私にできると思って?
・・・お嬢様に?できないことはないでしょうが、まだ無理でしょう。
・・・まだ?どうしてなの?
・・・だって、お嬢様はまだ、社交界にデビューしていらっしゃらない。
お嬢様の一目惚れに値するような殿方は、社交界にしかおりません。
・・・で、ひとめぼれをするとどうなるの?
・・・一瞬にして世の中が変わります。
例えば、一目惚れしたのが、お嬢様だとすれば、
旦那様や奥様を中心にして回っていたの世の中が、一目惚れをした殿方を中心にして回り始めるのです。
そして、うまく結ばれればいいのですが、一目惚れはにわか雨と同じ、いつ何時起こるか、
そして、死が人の身分を選ばないように一目惚れのお相手がだれになるかもわからない。
だから、一目惚れが、ほんのひと時の巡り逢いが、
ロミオとジュリエットのように死をもたらすかもしれません。
一目惚れの恐ろしさは、賭け事と同じで、うまく行くか、
うまくいかないかの二た通りしかないのです。
そして、始末の悪いことに自分で調節できないと来ている。
もし、一目惚れしたのなら、それは仕方がないとしても、極力忘れようとするのが賢明です。
・・・でも、忘れられなかったら?
・・・それこそ悲劇です。ハッピーエンドでなかったら。
ティスベとピュラモスのように。
・・・ああ、アリダ。告白するわ。わたしは、そのひとめぼれをしたのよ。
・・・えっ、まあ、それで、相手の殿方のお名前は?
・・・殿方の名前?ああ、それだけでも知っているのなら、どれほど心が安らいでいることでしょう。
・・・じゃあ、どこの誰とも。
・・・そうなの、それだけに、私のこの小さな胸は、あてのない慕情に涸れ果ててしまいそう。
|
|
|