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No.89
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作詞 歪み |
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初めて『死にたい』と思ったのはいつだっただろう。
十代の流行病に感染して、表面だけを覆う薄皮にそんな物騒な名札が付けられている。
「新入生、入学おめでとう」と青白い顔した希死念慮が言った。
理由はとても些細なことだった気がする。
覚えていないくらい小さい、針で刺した傷口のような程度のものだったのだろう。
それでも一度その中に入ってしまったら、例えどれだけ日々を謳歌していようとも、頭の片隅でそいつは主張する機会を伺っている。
染み込むように広がってきて、いつの間にか包み込まれている。
だけど、僕は生きていた。
十年以上の月日が流れても、その間に何度も何度も包み込まれたけれど、僕は生きている。
それはある人にとって勇気や度胸が無いのだ、と言われる事でも、
ある人にとってはその程度の感情なのだと言われる事でもあった。
僕には逃げ道があった。
自ら人生のゴールに飛び込んで行く人達には逃げ道が無かった。
現実逃避だ、と嘲笑う人がいる。
彼らは逃げたのだと言う。
僕には、追い詰められて逃げ場が無かったように見えた。
視野が狭くなるのだという言葉には納得した。
確かに包み込まれている間の視野の狭さは、腕しか通せない小窓のようだ。
膝を抱え込んで窮屈な箱の中に押し入るように、心はどんどん歪に形を変えていく。
その窪みひとつひとつに理由は無い。
圧縮されていく季節外れの羽毛布団みたいに、いつか平たく固まってしまうのだろうか。
心に姿形があるのなら、それはちゃんと豊満な見た目をしていたのだろうか。
栄養をたっぷり蓄えて、潤沢な生涯に希望の根を伸ばし続けているのだろうか。
負荷に晒されて吸収出来ずに流れてしまった液体に溺れているのだろうか。
足りない栄養を補うために、他所から絞り出した僅かな水分で枯れかけているのだろうか。
電子熱に浮かされて溶かされてゆく脳に自覚はあるだろうか。
本能を炙り出したその先にある選別に気がついているだろうか。
早まり続ける期待に満ちた『死』の幻覚を見ている。
本当に僕は生きているのだろうかと問うた事はあるか。
本当に君は生きているのだろうかと疑問した瞬間が何度巡って来ただろうか。
創造主に逢った事はあるかい
瞬く度に表情を変えられるらしいんだ
それはふとした瞬間に出逢うらしいんだ
そしてそれは、常にそばに居るというんだ
この世界には創造主しかいないんだ
この世界には破壊主しかいないんだ
音を聞いてほしい
初めて『死にたい』という言葉を思い浮かべた瞬間に
生まれてすぐに押し込まれていた耳栓を外してほしい
肌寒さと涼しさが同居する季節の午前5時
朝明けの空と空気に無心を悟る
呼吸に意識を持っていく
たった6秒の深呼吸
視界の現実と、脳内の夢が混ざった
僕はここにいる
君もそこにいる
例えこれが想像であったとしても
例えこれが妄想だったとしても
シュレディンガーの猫を思い出した
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